車のドアが開く音でうたたねから引き戻される。冬の朝独特の冷気と、湿ったにおいが舞い込む。カーオーディオの時計が目に入った……七時五分。
「着いたよ」と左上から声がかかった。見ると、旅人さんが車外に立っている。朝日を見に行こうと誘われ、アパートを出て、それから……。
「ごめんなさい、眠ってしまっていたわ」
「ううん。寝顔もかわいかったよ」
軽口を叩きながらルーフ部に左手を当て、こちらに右手を差し出してくる。
「前見て運転しなさいよ」
なんて返しながら、自分の頬がゆるんでいないかが気にかかった。手を取り、雪の上にそっと足をおろす。
景色が眩しかった。空全体に薄い雲がかかり、裏側から黄色い太陽が透けて見える。そこを中心に、オレンジ色に移るグラデーションが広がっていた。とろけるような色合いに混じる雪のにおい。光は冷たさへと姿を変え、私の頬をなでる。眠たい眼にみずみずしさが宿る気がした。
辺りは一面雪をかぶり、土の気配を閉じ込めている。土手に生えた木々が幾重にも枝を伸ばし、逆光の中で模様を作っている。ここは起伏のある地形のようで、長い下り坂がのびていた。車を停めてあるのは道路の端の、平らに均された場所だ。道は遠くの方でカーブし、白くかすんだ斜面のあいだに入り、やがて見えなくなる。もやが坂の下でゆったりと漂っていた。
空間すべてが、寒さと陽に満たされている。息を深く吸ってみた。この冬の朝を、いっぱいに吸い込みたかった。
「きれいでしょ……」
片手でドアを閉めて、旅人さんは言う。
「好きなんだ、この景色。いつか一緒に見れたらなって思ってた」
彼女の顔はほころんでいるのだろうか。寒さのせいか少しぎこちなく見える。
「顔が真っ赤よ」
と指摘すると、彼女は空いた手を頬に当て、へにゃりと笑った。
初出 2019/2/26